第1話では、現在の投資の話から始めました。今回は、少し時間を巻き戻していきたいと思います。
離婚についての詳しいことは省略します。ただ、31歳の私の前に、ある日突然、「シングルマザー」という現実が降ってきた。それだけ、伝えておきます。
離婚が決まってすぐ、私は娘を連れて実家に戻りました。
親は「気が済むまでこの家にいていいから」と言ってくれました。友人たちにも話しました。誰もが「あなたなら大丈夫」と励ましてくれました。
不思議なことに、想像していたほどの深い悲しみはありませんでした。もちろん、何もなかったわけではありません。でも、それよりも前を向く気持ちの方が、自分でも驚くほど大きかったのです。
一番怖かったのは、お金のことでも、これからの生活のことでもありませんでした。
娘のことでした。
父親のいない子に、私がその役割を果たせるのか。寂しい思いをさせてしまうのではないか。生後半年の娘はまだ何も知りません。でも、いつかわかる日が来る。その日、私はこの子に、何と言えるだろう。
そんな不安を抱えながら、私の「自分の力で生きる」という物語が、ここから始まりました。
自分の人生は自分で舵をとる、これは、私の望んでいた生き方です。
もう少し昔に遡ってみると、私はいつも自分のことは自分で決めたいという願望が強い人間でした。
小学生の頃、近所の公園の20本ほどある木を数ヶ月かけて全て登った時の達成感が始まりかもしれません(笑)
高校へ行くにも、周囲の「この高校はいいよ」といった意見はふーんと聞き流していました。
ある日目にした高校新聞に記載されていた「来年から修学旅行はハワイになります!」に釘付けとなり、誰一人行かない高校へひとり受験を決意しました。
結果、人生で最高に楽しかった高校時代と言える日々を過ごすことができました。(ハワイへの修学旅行ですが、出発の数ヶ月前アメリカ同時多発テロが起きたことで中止になりました・・・泣)
大学へ行くにも、かなり無謀なチャレンジをしていました。
文系だった私は化学で受験を決意し、1ヶ月間化学を猛勉強しました。もちろん本試験では落ちましたが、再試験で運よく箸に引っかかって合格しまして、大学でもその経験は無駄にはなりませんでした。
化学で大学を卒業し、甲種危険物の資格も取りました。
大学生の間に、ホームステイをしたいと思いお金を貯め始め、カナダのブリティッシュコロンビア州都ビクトリアに行くことを決め、日程まで決まった後、両親に話しました。
今思えば、両親としては、もう少し相談してくれよー!と出発するまで不安だったでしょう。
こんな後先を深く考えない、なんとかなるさ精神の性格が、離婚の際もいい意味で私を前に進めてくれました。
ここまで読んでいただきありがとうございました!



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